media arts lab + SCU

制作主体

人付き合いの特有性を描いた映像表現 壁のない町

映画 壁のない町 [26min]

研究背景

私は0歳から18歳まで北海道仁木町で生活していました。中学までは地元の学校に通い、小樽市の高校と札幌市立大学に進学する過程の中で、自身が属するコミュニティの変化に伴う人付き合いの違いを実感してきました。

仁木町での生活では、住民同士がプライベートな情報を共有し合い、互いに助け合っていました。しかし、高校進学後、仁木町で培った人付き合いの方法がトラブルの原因となり、新たな人間関係の構築が難しいと感じるようになってしまいました。高校入学まで、仁木町外での人間関係の構築の経験がなく、高校時代には、友人とのトラブルにまつわる噂が学校内で広まってしまい、自身の行動が批判される中で、都市部と田舎のコミュニティでの価値観の違いに気づき、人付き合いに対する考えを見直すようになりました。

この経験から、今回の映画制作を通して、都市部と仁木町の人付き合いについての理解を深めたいと考えます。

本制作では都市部と仁木町の人付き合いの「特有性」を、映画を通して表現し、自身の理解を深めます。また、制作を通して、仁木町と他の都市の人付き合いの方法や価値観について改めて見つめ直し、自分自身が新たなコミュニティに属した際にも、円滑な人付き合いを行うヒントを得ることが目的です。また、映画の視聴者にも自分自身の人付き合いに対する考えを巡らせてもらいたいと考えます。

仁木町を客観的・主観的に理解する

制作の初めに、作品構成の着想を得ることを目的に、仁木町民への事前インタビュー、過去の自分自身の振り返りを行いました。仁木町民への事前インタビューでは客観的に仁木町を見つめ直しました。仁木町に住む住民は、図1のように仁木町というコミュニティの中に存在する、更に小さい(職場や親族の学校関係、住んでいる地区など)複数のコミュニティにそれぞれ立場や役割を持っています。一つ一つのコミュニティを構成する町民が複雑に関係し合うため、町全体での繋がりが生まれることがわかりました。そのため町民は町の中に情報のネットワークを持っており、誰もが何気なくお互いを知っている状態が「当たり前」とされていると考えました。

次に過去の自分自身を振り返るために、地元の友人、高校時代の友人と当時を振り返る対話を行いました。その際に、会話の場において、その場にいない共通の知人について話すことは田舎、都会問わずよくあることではないかという疑問が生まれました。そこで田舎と都市部での噂の広がりについて、下記の考察をしました。

    都市部では噂話が学校内で収まるものの、田舎では学校を超えたより広い範囲にまで広まる
    田舎では噂が広まっても、一つの噂が個人に強く影響を与えることは珍しい。町の人々は、噂によって得られる情報を噂された人の新たな一面として受け入れ、得た情報をもとに、その人とうまく付き合っていくことを重要視する。

以上のことから「都市部の一つのコミュニティ内で広まる噂」と「一つの学校や職場を超えた仁木町内全体で広まる噂」の違い、「噂が日常化している仁木町」を表現する脚本構成を検討しました。

脚本を制作する

この映画の狙いは視聴者自身の人付き合いに対する考えを巡らせてもらうことです。「昔、田舎で生活していたが現在は都会に住む大学生が、田舎での記憶を失う。田舎に戻って自分の過去や町を知る。」というストーリーを通じて、視聴者に自身の経験や考えを重ねてもらいます。最終的には下記の、物語の展開を制作しました。


主人公・つばめは中学から高校までアカゲラ町で過ごす。大学生になり、ハヤブサ市で暮らしていたつばめは、交通事故に遭い、中学から事故までの記憶を失う。記憶を取り戻すために参加したアカゲラ中学のクラス会ではつばめの過去が明らかになる。ハヤブサ市の高校時代には、つばめが同級生の恋愛話を校内に広めてしまい、トラブルに発展していたことを知る。さらに中学時代は、親友の高校浪人をするという秘密を、町中に広めてしまったことを知る。つばめはアカゲラ町での人付き合いや噂の広がり方、過去の自分自身に衝撃を受ける。クラス会後、つばめの母の同僚がつばめを心配して家を訪れ、つばめの記憶を取り戻すために協力していることを知る。翌日、駅で偶然出会った、初対面のアカゲラ郵便局員がつばめの良い噂を教える。つばめは少しずつ町と過去の自分を受け入れる。

添付資料

撮影する

制作した脚本をもとに、キャスティングや撮影場所の選定を行いました。撮影は、札幌市や仁木町内で、約1ヶ月間、演者16名・制作スタッフ10名、その他にも様々な方の協力・支援を頂きながら行いました。

本作の最も重要な点は「噂話をどれだけ悪意なく自然に話せるか」です。演技経験のない人が多いため、キャストを選ぶ際は、役者本人の性格や振る舞いが、役のキャラクターと似ている人を起用しました。また、脚本を一言一句、正しく読むことは重視しないように演出指導しました。役者の話す内容や意味は、元々の脚本と変えないが、役者本人の普段の喋り口調に近くなるように、現場で相談しつつ、台詞を柔軟に変更しました。そうすることで、役者により自然に演じてもらうことができました。

編集する

撮影後の編集段階で特に工夫した点として、主人公・つばめとアカゲラ中学時代のクラスメイトが出会うシーンの音楽表現に、対位法という手法を用いました。映像から受ける印象(不気味)と音楽(ポップ)から受ける印象がミスマッチな組み合わせにすることで、「町内での噂の日常化」を異様な雰囲気で醸し出すことができました。

さらにカット割についても、主人公の心情の変化をわかりやすいように表情アップを多く用いました。そうすることで視聴者に自分自身を重ねてもらうことが狙いです。

上映会と座談会の開催

映画の完成後、札幌市と仁木町で上映会と座談会を行いました。上映会には両日程合わせて70名(10〜80代)が来場し、全員に映画の感想や人付き合いの価値観について伺うアンケート調査を行いました。また、座談会は札幌開催5名・仁木開催7名で行い、映画の内容や人付き合いに関する意見交換を行いました。

 アンケートでは映画の感想を答える記述式の回答に関して、「自分」という言葉が頻出していました。この「自分」という言葉は4つの異なる意味で使用されており、2番目に多い使用方法が「回答者自身を指す場合」でした。この使用例では「自分自身の生活や人間関係を省みた」、「つばめに感情移入した」といった感想が多く、本制作の狙いでもあった「映画の視聴者にも自分自身の人付き合いに対する考えを巡らせてもらう」ことが成功した例だと捉えます。

 座談会では、参加者の参加の姿勢が札幌開催と仁木開催で違うのが特徴的でした。私が質問し、参加者が順番に答えていきます。札幌開催の参加者は、自分が質問されていない時は、他の人が質問に答えている様子を静かに聞いていて、無理に話に入らない雰囲気が特徴的でした。仁木開催では札幌開催に比べて、掛け合いが多く、全員で一つの問い・テーマを考えながら話していました。

添付資料

制作の振り返り

映画制作過程でも人付き合いに対する学びを得ました。多くの関係者が参加したことで、方向性や連絡、相談が難しく、進行状況や日程管理に課題が生じました。進行状況の把握において、相手に情報が伝わるという過信を避け、入念なイメージのすり合わせと、現状把握を行うことの重要性を認識しました。

映画制作を通じて、人付き合いに関する多くの気づきがありました。例えば、「当たり障りのない話」という言葉がアンケートや座談会で頻出していましたが、私自身はこの話題選びに苦手意識があると感じました。自分にとっては軽い話題でも相手にとっては深刻な場合があることを理解しました。相手の立場や背景を考慮し、注意深くコミュニケーションをとることが重要です。

また、仁木町の座談会では、一度ついた自身への印象が更新されないこともあるという話がありました。付き合いの長い人と疎遠になった場合、疎遠になった人に過去の自身の印象が残ることは、都市部でも起こりうると考えました。そのため現在の自分とのギャップが理解されにくいこともあります。過去の先入観と現在の自分の違いを理解し、お互いを尊重して接することが重要です。以上が本制作を通して、私が得た気づきです。

映画「壁のない町」予告編1(縦型)

映画「壁のない町」予告編2(横型)

展示風景の記録